【IR HISTORY-議論と実践の軌跡-_第1章】IR論争の構図と、リゾート開発の歴史的背景
グリーンべると2026年3月19日
IRを都市開発および観光政策の観点から学術的に体系化し、研究を先導してきた第一人者であるNRC一級建築士事務所の鶴田一氏により、IRをめぐる議論と実践の歴史的背景を起点として、世界各国におけるIRの展開、さらには2030年開業予定の大阪IRに至るまでを、本号より連載形式にてご寄稿いただく運びとなりました。
賛否が分かれるIR
IR(統合型リゾート)については周知の通り、各メディアによって様々な捉え方がなされており、賛否両論が続いています。
例えば産経新聞では、2008年に大阪府知事へ就任した橋下徹氏が2010年にシンガポールで開業を控えていたカジノを視察したことが、大阪IR誘致構想の原型になったと報じていました。民間企業が投資・開設するカジノ中心のリゾート施設を起爆剤とし、海外からの観光客の呼び込みを狙ったものであり、関西の活性化を通じて東京一極集中を打破する意図があるとも指摘されています。
また同記事では、国政レベルでの動きについても触れられています。2012年に第2次安倍晋三政権が誕生し、安倍氏は首相在任中、人口減少時代における成長戦略の柱としてIR推進を掲げました。その結果、カジノを合法化する「IR整備法」が2018年に成立しています。
国の構想では、企業の会議や研修旅行に加え、首脳級の国際会議や大型展示会にも対応できるMICE施設や、国内有数規模の宿泊施設などを整備する方針が示されています。さらに、日本古来の華道・茶道・香道の三道を体験できる展示場なども構想に含んでいます。しかし、こうした施設は採算の見通しが立ちにくく、国の基本方針としてカジノを収益面の原動力と位置付けている点も特徴です。言い換えれば、カジノ抜きの開業は想定されていないということです。
一方、反対派はギャンブル依存症の拡大に強い懸念を示しています。こうした意見を受け、カジノ入場時にはマイナンバーカードによる本人確認を行うほか、日本人のみを対象に1回6000円の入場料を徴収するといった対策が講じられる予定です。
また、日本カジノ研究所は全国の20歳から59歳の男女を対象とし、カジノに関する意識調査を2019年に実施しています。その結果として、若年層は肯定的な意見が多く、日本にカジノができた場合に「行きたい」と回答した人の多くが男性であったなど、世代間・男女間・年収別で意識に大きな乖離があることが示されました。
■図1 IR合法化における議論と対極する2つの論点
このようにIRをめぐっては、新聞・雑誌・テレビ・調査会社などが様々な報道や調査結果を公表しており、いまだ国民の意見が二分されるほど賛否が分かれています。そして、国家的プロジェクトにも関わらず、議論の焦点は依存症や治安悪化といった社会的デメリット、雇用や財政改善などの経済的メリットという二極に集中(図1)しているというのが現状です。
リゾートと深く関連するアトラクションとレクリエーション
「リゾート」という言葉は、アトラクションやレクリエーションと結びつきながら観光産業や都市計画(都市開発)と古くから関連してきたと考えられます。
例えば、1980年代後半に法制化された「総合保養地域整備法(通称:リゾート法)」は、地域の観光振興に寄与することを目的に制定されました。観光振興に加え、レクリエーションという概念が常に付随して説明されることが一般的であり、地域整備の言葉通り、インフラ整備なども含めた都市開発としての側面を持っています。
ある論文では、天然の美しいビーチや野生生物が観察できる国立公園に保養のための宿泊施設が併設されたことでリゾート地が形成され、その後、ラスベガス郊外で最初のカジノホテルであるフラミンゴホテルが開業したことがアトラクションの誕生につながったとしています。そして、そのアトラクションを一般化した存在が、1955年にロサンゼルス郊外の農地に開園したディズニーランドでした。
別の論文では、日本における観光レクリエーション政策の経緯について研究しており、1950年に制定された国土総合開発法に関する調査の中で、1987年の第四次全国総合開発計画(四全総)において、初めてリゾートという用語が使用されたことを明らかにしています。
国内の事例としては「東京ディズニーランド」が有名です。1983年に単一のテーマパークとして開業しましたが、その後、「東京ディズニーシー」や複数のホテル、複合商業施設(イクスピアリ)を備えた「東京ディズニーリゾート」へ発展しました。アトラクションやレクリエーションと宿泊施設を総合的に開発した点では、カジノを併設していないものの、『Integrated Resort(統合型リゾート施設)』と呼べる形態(図2)であり、大規模な都市開発でもありました。
■図2 東京ディズニーランド開発マップ
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このように、都市開発や観光政策はリゾート政策と一体で発展してきました。IR施策はその系譜の延長線上に位置づけられるものと解釈することができ、カジノの是非という単純な対立軸ではなく、多面的・総合的に評価すべき政策です。次回は視野を国際的な文脈へと広げ、IRの起源等について解説していきます。
鶴 田 一(Hajime Tsuruta)
株式会社NRC一級建築士事務所
代表取締役
博士(工学)、一級建築士
オレゴン大学建築学部卒業後、2008年にNRC一級建築士事務所開設。2021年シンガポール都市再開発局主催アカデミー修了。2024年国立東京工業大学博士後期課程卒業後。都市開発及び観光政策分野にて講義を行う。国内外建築賞、芸術賞多数受賞。
◆執筆書
『シンガポールにおけるカジノ合法化検討過程に関する研究』(公益財団法人日本都市計画学会)
『わが国におけるカジノ及びIRをめぐる言説・事象の変遷』(一般社団法人日本観光研究学会)
『IR整備をめぐる候補自治体における議論に関する研究』(一般社団法人日本観光研究学会)
『IR(統合型リゾート)を用いた埋立地における新規都市開発と観光政策に関する研究』(国立東京工業大学博士論文)