従業員のメンタルヘルスケアで損失を防ぐ
アミューズメントジャパン2024年4月11日
従業員のメンタルヘルスが悪化すると、遅刻・欠勤にとどまらず、仕事のパフォーマンス低下、ミスの多発などが起こりかねない。従業員の休職、生産性の低下、顧客満足度の低下は、企業にとって大きな経済的損失だ。
今年2月、厚生労働省が東南アジアで企業の「心のケア」の支援事業に乗り出すことが報じられた。対象国はタイとカンボジアで、日本企業のサプライチェーン(供給網)上で過重労働などがあった場合、これが欧州などで問題視される可能性があり、日本企業の取引に影響が出かねない。そのため、政府が支援の必要があると判断した。国際労働機関(ILO)を通じ、労働者への心の健康状態についてのアンケート、経営者への聞き取り、経営者向け研修などを実施する。政府が海外のメンタルヘルス対策を支援するのは初めてだという。
メンタルヘルスケアは世界的に関心が高まっている領域で、世界保健機関(WHO)は、2030年に「大うつ病性障害」が、虚血性心疾患や交通事故、脳血管疾患を上回り「健康な生活を障害する疾患」の第1位になると予測している。新型コロナウィルス感染症パンデミックの影響によって、精神的健康障害の有病率が高まっているという背景もある。
経済産業省が推進する「健康経営」を実践している企業として、毎年、日本健康会議が「健康経営優良法人」を認定している。3月に発表された2024年の認定企業の施策内容を見ると、健康ポータルサイト、従業員間コミュニケーション促進ツールとしてアプリ提供、食生活改善のためのアプリ提供、運動促進のためのツールとしてのアプリ提供など、この領域でのITC技術の導入が広がりつつあることがうかがえる。もちろん、従業員のメンタルヘルスケア領域でも新しいテクノロジーの活用が期待されている。
厚生労働省の指針では、メンタルヘルス対策の推進において、次の「4つのケア」が有効とされている。
1) セルフケア・・・労働者が自らのストレスに気付き予防対処する。
2) ラインによるケア・・・管理監督者が心の健康に関して職場環境等の改善や労働者に対する相談対応を行う。
3) 事業場内産業保健スタッフ等によるケア・・・事業場内の産業医等の産業保健スタッフ等が心の健康づくり対策を提言・推進し、労働者、管理監督者等を支援する。
4) 事業場外資源によるケア・・・事業場外の機関及び専門家を活用し、その支援を受ける。
第一の「セルフケア」を支援するツールとして、スマホを使って「1回わずか3分の質問に答えてもらうことで従業員の心理状態を確認する」「精神科医が監修したAIとの会話(チャット)から予兆を発見する」などが登場している。とりわけユニークなのが、質問形式ではなく、従業員の行動データの収集・分析からメンタルヘルスの状態の悪化の予兆を見つけようというアプローチだ。
利用者のスマホから収集される各種データをAIが解析し「うつ」重症度を予測
国内のヘルステック企業・eMind社(東京都)の企業向けメンタルヘルス管理サービス「eMind for ビジネス」は、「既存のソリューションは入力項目が多く、利用者の負担が大きく利用継続が困難」「年1回のストレスチェックでは、日々の心の状態を捉えられない」という課題の解消を目指したもの。利用者のスマートフォンから収集されるデジタルバイオマーカー(アプリケーションカテゴリーごとの使用時間、GPSデータ、センサーデータ、カメラ利用、専用アプリによる1日1回の質問等)に、サイコグラフィックデータ(年齢、性別、未既婚)や天候データを加えてAIが解析し、心の状態を数値化する。
「Heartpoint(ハートポイント)」と呼ばれる数値は本人にフィードバックされ、セルフケアを促す。気持ちのモヤモヤや悩みごとがある利用者はeMindの心理士とのチャットにより助言を得ることができる。すべての従業員が心理カウンセラーに助けを求めるわけではないだろうが、助けを求めたい状態になったときに専門家に簡単にアクセスできる態勢があることは、事態の深刻化を防ぐうえで非常に重要だ。企業にフィードバックされる数値は部署単位の平均値で、従業員個人が特定されるデータは伝えられない。
一定数以上の従業員がいる事業者には産業医の選任と年に1回以上のストレスチェックが義務づけられているが、省力化が進んだパチンコホール業界では、ほとんどの店舗が義務化の対象外だ。しかもメンタルヘルスの不調は人に相談しにくく深刻化する前に予兆に気づきにくい。利用者の負担が少なく、本人が不調に気づけるサービスの導入を検討する必要があるだろう。「eMind for ビジネス」は、すでに大手タクシー会社など、従業員のメンタル不調が重大な事故を招きかねない業種で導入が始まっている。
文=田中剛(アミューズメントジャパン編集部)
text by Tsuyoshi Tanaka / Amusement Japan