普段自分は好きな版権のパチンコ台でよく遊んでいます。そんな中、これは「推し活」といわれているものと近しい点や似た構造があるのではないかと思い、どう違うのか考えてみました。

最初に感じた共通点として、自分の「好き」から始まる消費である点です。パチンコ・パチスロを頻繁に遊んでいる人たちは違うかもしれませんが、自分のようなライトユーザーは好きな版権の台で遊ぶことが多いと思います。また、推し活も好きなキャラクターのグッズなどを購入したりとやっていることは根本を見たら似ているのではないかと思いました。

一方で違いとして、お金の性質が挙げられます。推し活で使ったお金は、基本的に手元に戻ってくることはありません。一方でパチンコには、得た出玉を賞品に交換するという仕組みがあります。使った分がそのまま無くなる推し活と違い、遊技の結果次第では何かしらの対価に交換できる可能性があるという点が、大きな違いの一つだと思います。

このほか、推し活に使った分のお金はグッズや参戦の記録として少しずつ積み上がっていきます。たとえ使った金額が同じでも、手元にモノや思い出という形が残っていくのが推し活の特徴です。一方パチンコは、そこでしか手に入らない賞品というものはあまりなく、遊技をしても何も得られずに終わることも多々あります。同じように「お金と時間を使う娯楽」でも、片方は積み上がり、もう片方はその場で消えてしまう可能性がある。この違いが、パチンコと推し活を分ける一番大きなポイントなのかもしれません。


しかし不思議なのは、こうして構造を並べてみると似ている部分が多いにもかかわらず、世間からの見られ方は大きく違うという点です。推し活は今や市民権を得た趣味として、テレビやSNSでも好意的に取り上げられることが多くあります。一方でパチンコは同じように「好き」から始まり、確率に一喜一憂し、体験にお金を使っているにもかかわらず、いまだに「ギャンブル」という枠でしか語られないことが多いように感じます。同じようなお金の使い方をしているはずなのに、なぜここまで見られ方に差が出るのでしょうか。

ですが、何も残らないからこそ、その場限りの体験を全力で楽しむという遊び方がパチンコの本質なのかもしれません。僕自身、好きなアニメの台を選んで打つ時の気持ちは、推し活をしている時の気持ちと同じようだと感じます。形は違っても、「好き」を原動力に楽しんでいることに変わりはないのだと思います。パチンコでしか手に入らないコラボ要素や推し活として思い出に残るような体験を前面にアピールしていくことで、ノンユーザーの方がパチンコ店に足を運ぶきっかけになり、推し活としてパチンコを楽しんでもらえるようになるかもしれません。

文=金海謙(全日本学生遊技連盟)